カラダは嘘をつかないから

昨日に引き続きカラダの話になりますが。娘が一週間以上風邪を引いて学校を休んでいました。治りかけの頃、学校に行きたくない理由がある期間だったから、ちょうどタイミングがよかったと言いだしました。そして、自分のカラダは、そんな都合に合わせて風邪が引けるなんて、すごい能力だと。

以前にも同じようなことありました。その時は、参加したくないイベントの直前に怪我をしました。そして、無事に(?!)イベントは見送りに。

やりたくないな → 怪我をしたらできないよ → じゃぁ怪我しよう

そんなメッセージがカラダに送られて、カラダが素直に怪我をしたのでしょう。これは特殊な能力ではなくて、誰でも普通にしていることです。違いがあるとすれば、内側で起こっている拒否や無理を自分が把握しているかどうか、です。

頭では、良いことだ、好きなはずだと考えていても、カラダはいやいやなこともあります。社会的生活の中の常識と世間の目に自分を当てはめて取る行動は、カラダの正直な声を押し込めがちです。押さえ込まれたカラダの声は、タイミングを外して、怪我や病気となって現れることもあります。

自分は嘘をつけますが、カラダは嘘を知りません。いつも、ありのまま。風邪を引いて欠席しよう!と言われれば、風邪を引いてくれます。大人の世界では、タイミング良く急用が入ったり、スケジュールが合わなくなったり、メッセージが届いてなかったりも、するかもしれません。そして、「どうしても都合が合わなくなったので、申し訳ありません。」と謝るのと同時に、別の部分(カラダ)では、「これで参加しないで済むよ。ほっ。」としているのです。

いつもカラダの言い分を聞いて振り回されては、生活が整わないかもしれませんが、現実世界で行動を取り、経験を積むにはカラダなしではありえません。本音をそのまま表現してくれるカラダの言い分を聞きながら、一緒に生活していくしかありません。そこに選択肢はありませんが、いやいや付き合うのか、豊かなものにしていくのかの向き合い方には選択肢があります。

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