チャクラを生きて、自分を生かす

七色の窓。

今朝走っている時に頭に浮かんだ
チャクラのお話。

表現したい衝動は
どこから、どうして
出てくるのか?

という問いから始まる。


チャクラを生きる
自分を生かす


チャクラには、偶数チャクラの
2、4、6と
奇数チャクラの
1、3、5、7がある。

偶数チャクラは
内向型で、吸収性を持つ。
外部を引き込んだり、
溜める動きがある。

外部との関わり方は、
包み込む、吸収する、
いわゆる女性性系の動き。


2チャクラの感情部分は、
相手の感情を吸収したり
受け止める動きをしている。
女性の性は、2チャクラにつながっていて、
受け入れる行為そのもの。

4チャクラの関係性では、
相手を受け入れたり、
保護膜で包み込む働きをする。
ハグは、相手を自分に取り入れて
包み込む働きが体現されたもの。

6チャクラでの
見る行為も、外部からの情報を
受け取ること。


奇数チャクラは、外向的で、
情報に形を与えて、
具体性を持たせる働きをする。

外部との関わり方では、
動かしたり、表わしたり、
発生させたりする行為を通して
表現される。

1チャクラは、カラダを持って
地球に生存することで
存在を表している。

3チャクラは
意思に具体性と
方向性に行為を持たせる。
男性の性は、3チャクラと
つながっていて、
性行為がそのままを表している。

5チャクラでは
言葉という道具を通して
情報を伝える。

7チャクラは、
この世界の中にいることで、
存在を表現している。


こんなことを考えていたのは、
そもそも、
どうして伝えること、
表現する衝動があるのか、
どこから出てくるのかという疑問が
あったから。


私は、特に大人になってから、
外向チャクラを使うことが
苦手だったことに気がつく。
特に、子供を産んでから。

それが今、表現したい時期に
きているよう。

ヨガという内向的なプラクティスではなくて、
ここ3ヶ月ランニングに意識が向いて、
ほぼ毎日走っているのを
1チャクラの表現だと捉えると
納得する。


内側で受ける情報の質によって、
表現の質も変わる。

誰かの言葉を丸呑みしただけの
未消化な言葉は、
上辺だけの言葉として
そのまま表現される。

内側の受け皿が深くて、
消化力もあるのなら、
自分なりに熟成された経験が
質の濃い重みを伴って、
表現される。


ヨガのアサナでは、
一方方向にエネルギーが向けられる時、
必ず反対側に
同じ量のエネルギーが存在するようになっている。

相反するエネルギーの中心に
中庸が存在していて、
均等を保つ。

中庸を保てるだけのスペースを
自分の中に作るプラクティスが
ヨガともいえる。


表現したい衝動が出てくるってことは、
それだけ私の中で
表現されたい何かがあるはずで。

表現されなければ、
内側で眠り続けるだろう何かに
形を与えることは、
自分を生かすってこと。

自分を生かすとか、自分を生きるって、
恵まれた人だけが叶えられる夢だったり、
意識高い系の人たちが掲げる目的じゃなくて、
万人の自然なあり方じゃないか

と、そこまでたどり着く。
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