目指すはご機嫌

いつもご機嫌(に見える)カリフォルニアネイティブプランツ

癒されている人と聞いてどんな人をイメージしますか。癒されている人は機嫌が良い人なのだと思います。癒されている人は、苦労苦悩がないわけではないんですね。その反対で、苦労苦悩を持ちながらも、重みに押しつぶされることなく乗り越えてきた強さと優しさが、肩に力を入れることなく、機嫌よい自分になるようです。

私の目指すはご機嫌。いつもそんな風に思います。ヒーリングを経験すると、なんとなく”楽になる”感じがして、それがご機嫌につながっていきます。ご機嫌な状態は、自分だけでなく周りも楽になります。どんなにスピリチュアルな人でも、機嫌が悪いのは、私がありたい姿ではありません。スピリチュアルな人とご機嫌とどちらかを選ぶとしたら、ご機嫌でしょう。

”スピリチュアルな人”とはいくつかの定義を持ち合わせている立場のようなもので、ご機嫌な人とは機嫌が良いという状態にいる人です。スピリチュアルな人とは、状態ではないってことですね。スピリチュアルな人イコール楽チンで楽しいわけではありませんが、ご機嫌な人は、楽チンで楽しいのです。だから、順番としては、ご機嫌を目指す手段としてのスピリチュアルになるのだと思うのです。

単純に見えて、簡単に手に入りにくいご機嫌と、その状態にあるためのスピリチュアルやヨガプラクティスの複雑さのギャップがすごく面白いし、奥が深い。ご機嫌に今日を終わらせて、ご機嫌に明日を迎えるためのスピリチュアルは続く。

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