浄化LOVE

私の癒しの過程でヨガは大きな部分を占めている。サイキックトレーニングを始める以前からヨガに通っていた。きっかけははっきりと覚えていないけど、母がヨガをしていたので、興味があったのかもしれない。

マットの上で自分と向き合って、余分を削ぎ取っていくプラクティス。固まった筋肉や意識が届かないほど緊張している箇所には、そうなるまでの歴史が刻まれている。生活習慣や嫌な思い出や溜めている感情。そんなものが、呼吸と一緒に溶け出す。自分の意識(ヨガ語だとプラーナかな?)をカラダの隅々まで行き渡らせる為には、そこに存在してしまっている余分が削ぎ落とされる必要がある。削ぎ落とし続けて、意識を増やすことは、カラダの中の自分を増やすことになる。

カラダの中の自分って、不思議な感覚かもしれないけど、だいたい私たちは自分じゃない、例えば常識、親の価値観、世間体などで作られている。ヨガは、(そしてヒーリングも)埋もれている自分を掘り出していく作業だ。

埋もれている自分が苦しかったら、ヒーリングは喜びの過程だし、埋もれている自分に執着していたら、ヒーリングが苦痛で大きな抵抗が起こる。でも、それが喜びの道だとしても、過程は浄化とも呼ばれて、カラダ的タマシイ的にきついことがある。

じゃぁ、楽しくない浄化を何でわざわざ続けるのか?と言えば、浄化の先に待っている自由で新しい自分に会いたいから。できないアサナを何日も、何ヶ月も時には何年も続けていると、ある日ふっとした瞬間にできることがある。可動域が広がって動けるようになったカラダと、とらわれから自由になった精神で、今まで体験したことのない自分がそこにいる。これは、最近抱えていたもやもやがスッキリしたとかのレベルじゃない。タマシイの奥がひっくり返るくらいの衝撃と感動がある。

問題解決したいとき、何か起こった時、マットの上で深呼吸をする。椅子に座って目を閉じる。癒しも答えも、いつも自分の中にある。

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