そのひと口から自由への道へ

刺激たっぷりなミールス

ラマダン入りした日、ヨガの先生がお腹が空いた〜と言いながらスタジオに来た。

断食中のヨガプラクティスがどう変わるのか聞いてみたら、もっと「濃く」なるとのこと。

お腹が空きすぎだと力が出なくて、私だったらヨガなんてできないんじゃないかと思うんだけど。やったことがないから分からない。けど、そもそもヨガは空腹時にした方がいいから、その延長で効能?が高まるのかもしれない。

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今月の瞑想会のお題は、食事との距離感だった。

いろいろと試してみた結果、食べる行為は実はシンプルだということに気がついた。食べ物を口に含む。噛む。舌で味を確かめる。ノドに運び、ゴクッと飲み込む。能動的に関われるのはここまで。その後、食道を下り、胃に収まる食べ物を身体の中の感触として感じ取る(or 感じ取ろうとする)。以上。

食べる行為にひたすら意識を集中させた結果、いくつか気がついたことがある。

1 玄米の味のほうが好きだけど、白いご飯の方がホッとする。食べ物を受け取る身体の反応は、味の好みとは関係ないらしい。ホカホカ白米の幸せ という刷り込みもあるのかも。英語でいわゆる、コンフォートフードってやつ。

2 インド料理が好きだけど、よく味わってみたら舌に伝わってくるスパイスが辛すぎて、食べられない。これからどうやってインド料理と付き合えばいいのか分からなくなってしまった。

3 食べたい量と実際食べられる量が違う。胃が量的には満足していても、頭がもっと食べたかったりする。両方が同時に満足することが少ない。

4 「美味しい」は、好き嫌いみたいな感想であって、味じゃない。頭の中で生まれる副産物(感想とか記憶とか)と味そのものは違う。

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ヨガが運動と違うのは、総合的な意識で体験に関わっているかどうか? にある。身体を動かしながら、内側から起こっている現象を観察し続ける。そして、現象との距離感を保つ。

ヨガの最中に、ふと、これって最近の食事中に起こっている意識状態と同じじゃないか? と気づく。味とそしゃくに集中しながら、頭の中で繰り返される会話とか気分に気がつき、眺める。食べ続ける。眺め続ける、、、の繰り返し。

地味だ。かなり地味だ。

気分が上がるどころか、落ち着いてくる。

ここで、食事に気分を上げることを期待し続けてきたことに気がつく。味、見た目、雰囲気の刺激は、本来の食べる行為を隠すんだな。強い刺激に慣れると、些細な感覚が鈍る。逆に言えば、感じたくない何かを刺激で隠すことができるってこと。

今までどれだけ刺激を求めて、味わっていなかったのか。

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シンプルな食べる行為を取り戻す為には、この地味な感覚を楽しめるかどうかにコツがあるような気がしてきた。

「地味」だと判断している時点で、私の感覚はかなりマヒしている。

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